アグスティン・バリオス マンゴレ:南米が生んだギターの詩人
アグスティン・バリオス マンゴレ(1885年パラグアイ生まれ – 1944年エルサルバドル没)は、クラシックギターの世界で特別な位置を占める人物です。
彼は、ロマンティックな流浪の詩人であり、優れたギタリスト兼作曲家として知られています。
音楽への目覚め
バリオスが音楽に目覚めたのは、パラグアイのフォルクローレ、特にポルカやバルスを通じてでした。
幼少期から楽器に興味を持ち、特にギターの演奏に情熱を注ぎました。
彼はソーサ・エスカラダという教師に影響を受け、ソルやアグアド、ビナス、タルレガの作品を学び、演奏するようになりました。
若き天才
13歳でアスンシオン国立大学音楽学部に奨学金を得て入学し、パラグアイ史上最も若い大学生となりました。
彼は数学やジャーナリズム、文学の分野でも才能を発揮し、教員からの称賛を受けました。
言語の才能
バリオスはグアラニー語とスペイン語を話すことができ、さらにフランス語、英語、ドイツ語を読むことができました。
これは、彼の広範な知識と文化的背景を示しています。
音楽スタイル
彼の音楽は、南米の民族音楽とヨーロッパのクラシック音楽、特にバロックとロマン派様式が融合されたものです。
彼の宗教的心情や経験が音楽に反映されることもありました。
演奏ツアー
バリオスは40年間にわたり、南米各地とヨーロッパで演奏ツアーを続けました。
彼の演奏は多くの人々に感動を与え、今日でも多くのギタリストに影響を与えています。
演奏技術
バリオスは、ラフマニノフと同様に、非常に大きな手を持つ演奏家でした。
そのため、彼の作品には技巧的に難度が高い箇所が多く、一般的には不可能な運指が左手に要求される箇所もあります。
アグスティン・バリオス マンゴレとその遺産
アグスティン・バリオス マンゴレは、クラシックギター音楽の歴史において重要な役割を果たした作曲家であり演奏家です。
彼の作品は、その技術的な難易度と表現力の豊かさで知られています。
バリオスとセゴビア
アンドレス・セゴビア(Andrés Segovia)は1935年にバリオスを招いてロンドンでリサイタルを行わせたが、実際にその演奏を観たセゴビアは嫉妬のためか彼の才能を認めようとせず、その後の公演をすべて中止にさせ、弟子にもバリオスの曲を演奏することを禁じたという逸話も残っています
セゴビアはバリオスの作品を過小評価しており、バリオスが死後に作曲家ならびに演奏家として非難を受けたのも、「ギターの神様」と見做されたセゴビアが手回ししたためだと伝えられる
しかし、《大聖堂》はしばしば彼の作品中で最も印象深いと評され、セゴビアでさえも称賛を惜しまなかった作品です。
バリオスとジョン・ウィリアムス
バリオスの作品が広く認知されるきっかけとなったのは、ジョン・ウィリアムスによる再評価です。
ウィリアムスはセゴビアの弟子であり、1977年に発表されたバリオス作品集『The Great Paraguayan』は、バリオスの音楽を再び世に知らしめました。
ジョン・ウィリアムスの1978年のバリオス作品集は歴史的なアルバムとなり、以来バリオスの作品は著名なギタリストたちにとって欠かせない重要なレパートリーとなっています。
音楽の遺産
アグスティン・バリオス マンゴレは、後期ロマン主義音楽の特徴を持つ作品を通じて、中南米の音楽シーンに革命をもたらしました。
彼の作品は、中南米の民俗音楽に深く感化され、超絶技巧を要するものが多くあります。
バリオスは、300曲以上のギター伴奏歌曲を作曲し、それらの歌詞も自ら手がけました。
作品のカテゴリー
バリオスの作品は、以下の3つの根本的なカテゴリーに分けることができます。
- 国民楽派 – 中米や南米の民謡を模倣した楽曲を通じて、母国の音楽伝統や民衆に敬意を表しています。
- パスティーシュ – バロック音楽やロマン派音楽の時代様式と作曲技法を模倣し、職人芸の一端を示しています。
- 宗教性 – 信仰心や宗教体験が作曲過程において重要な役割を担っており、宗教的な楽曲に分類されます。
代表作「大聖堂」
「大聖堂」はバリオスの代表的なソロ・ギター作品であり、クラシック・ギターの最重要レパートリーの一つです。
この作品は三楽章から成り立ち、それぞれが異なる時期と場所で着想を得ています。
- プレルディオ (サウダーデ) – 1938年、キューバのハバナの大聖堂で着想。前奏曲の意味を持ち、「郷愁」をテーマにしています。
- アンダンテ – 1921年、ウルグアイのモンテビデオの大聖堂で着想。信徒たちの祈りの念を表現しています。
- アレグロ – 同じく1921年に着想。祈りを終えた人々の感動の余韻を表現しています。
《神様のお慈悲に免じてお恵みを》
「最後のトレモロ」とも呼ばれるこの作品は、信仰心に触発されたもう一つの例であり、バリオスの宗教体験が反映されています。
バリオスの詩作品
バリオスの詩作品は、中南米各地やアメリカ合衆国で異なる版が出回っており、彼の多様な影響を示しています。
評価されなかった天才
アグスティン・バリオス マンゴレは、長い間世界的な評価を受けることがありませんでした。
彼の死後30年以上が経過した後、ようやく彼の音楽が世界中で高く評価されるようになりました。
バリオスが自身の作品を楽譜として残さず、出版もしなかったことが、彼の才能が正当に評価されなかった大きな要因の一つであると考えられています。
中南米での活動とその影響
バリオスは主に中南米で活動しており、当時のクラシック音楽の中心地であったヨーロッパでの知名度は低いままでした。
中南米のみでの活動は、彼の音楽が世界的に知られる機会を限定してしまったのです。
人種差別とその影響
有色人種であるバリオスは、人種差別の影響を受けていました。
彼の混血の背景は、彼の音楽キャリアにおいて障壁となり、彼の才能が広く認められることを妨げました。
アンドレス・セゴビアとの複雑な関係
1935年、バリオスはアンドレス・セゴビアに招かれてヨーロッパに渡り、ロンドンでリサイタルを行いました。
当初は好評を博していましたが、セゴビアはその後、バリオスのコンサートを妨害し、自身の弟子たちにバリオスの曲の演奏を禁じました。
これにより、バリオスの公演は打ち切られ、彼はロンドンを離れざるを得なくなりました。
セゴビアがバリオスの才能と実力を恐れたためと推察されています。
生涯
- 1885年
- 5月5日: パラグアイのサン・ファン・バウティスタに誕生。
- 1893年
- 弟のフランシスコが誕生。
- 1897年
- 「グスタボ・ソーサ・エスカラダ」と出会い、才能を認められる。
- 1900年
- アスンシオンで本格的な勉強を開始。
- 1903年
- 農協や海運業の事務、新聞記者、イラストレーターとして副業を行う。
- 国立劇場でデビューコンサート。
- 1905年
- 音楽家としての自立を模索。
- 1906年
- 21歳で大学卒業後、アスンシオンで演奏活動を開始。
- 音楽と詩作に生涯を捧げる。
- 1908年
- イサベルとの間に男子が誕生。
- 1910年
- アルゼンチンとウルグアイで演奏。
- 初の国外ツアー。
- 1912年
- ウルグアイでパゴリータと出会い、援助を受ける。
- 1913年
- 最初のレコーディングとレコード発売。
- 1916年
- ブラジルに移住し、15年間生活。
- エイトル・ヴィラ=ロボスに影響を与える。
- 1918年
- バリオス死亡の誤報。
- 1921年
- チフスに罹患し、回復に数ヶ月。
- セゴビアに「カテドラル」を披露。
- 1922年
- 12年ぶりにパラグアイ帰国。
- 1923年
- パラグアイを再び離れる。
- 1924年
- 2度目の帰国も失敗に終わる。
- 1925年
- 「放浪者」をウルグアイ広場で披露。
- 1926年
- イサベル・バリエンテとの間に女子が誕生。
- 1929年
- ブラジルでダンサーのグロリアと出会う。
- 1930年
- 「ニツガ・マンゴレ」の名で活動開始。
- 1931年
- ブラジルを離れ、各国を巡る。
- 1932年
- キャリアのピークを迎えるが、ベネズエラで倒れる。
- 1933年
- エルサルバドルでM. H. マルティネス大統領と知り合う。
- アメリカ合衆国の渡航ビザ申請が不給。
- 1934年
- ヨーロッパで名声を博す。
- 1935年
- スペインで御前演奏。
- 1936年
- 南米に戻る。
- 1938年
- コスタリカで健康を害し、コンサート活動を自粛。
- 1939年
- メキシコで心臓発作。
- エルサルバドルで国立音楽院ギター科教授に。
- 1944年
- 8月7日: エルサルバドルで死去。59歳。
- 1994年
- パラグアイ共和国大統領がバリオスに国家功労賞を授与。
アグスティン・バリオス=マンゴレ Agustín Barrios Mangoré (1885-1944)の全作品集 (全116曲)
全曲約6時間40分:
https://www.youtube.com/watch?v=uZgN34FXNZY
1. A mi madre/我が母へ(ソナチネ)
2. Abri la puerta mi china/アブリ・ラ・ペルタ・ミ・キーナ
3. Aconquija/アコンキーハ
4. Aire de Zamba/アイレ・デ・サンバ(サンバ風に)
5. Aire Popular paraguayo/パラグアイ民謡
6. Aire Sureno/アイレ・スレーニョ
7. Aires Andaluces/アンダルシアの歌
8. Aires Criollos/ブエノスアイレスのクレオール
9. Aires Mudejares (Apuntes)/ムデハレスの歌(スケッチ)
10. Allegro sinfonico/アレグロ・シンフォニック
11. Altair/アルタイル(ワルツ)
12. Arabescos/アラベスク
13. Armonias de America/アメリカのハーモニー
14. Bicho Feo/ビチョ・フェオ(醜い虫)
15. Cancion de la Hilandera/糸紡ぎ娘の歌
16. Capricho Espanol/スペイン奇想曲
17. Choro da saudade/郷愁のショーロ
18. Confesion/告白のロマンサ
19. Contemplacion/深想
20. Cordoba/コルドバ
21. Cueca/クエカ(チリ風舞曲)
22. Danza en re menor/舞曲 ニ短調
23. Danza Guarani/グワラニ舞曲
24. Danza Paraguaya/パラグアイ舞曲
25. Diana Guarani/ダイアナ・グアラニ
26. Dinora/ディノオラ
27. Divagacion en imitacion al Violin/ヴァイオリンの模倣による即興曲
28. Divagaciones Criollas/クレオール即興曲
29. Don Perez Freire/ドン・ペレス・フレイル
30. El sueno de la munequita/人形の夢
31. Escala y preludio/スケールと前奏曲
32. Estilo – Chinita/エスティーロ – キニータ
33. Estilo Uruguayo/アルゼンチン風
34. Estudio de concierto/演奏会用練習曲第1番
35. Estudio de concierto No. 2/演奏会用練習曲第2番
36. Estudio del Ligado (A Major)/リガード練習曲ニ短調
37. Estudio del Ligado (D Minor)/リガード練習曲イ長調
38. Estudio en arpegio/アルペジオ練習曲
39. Estudio en si menor/奏練習曲ロ短調
40. Estudio en sol menor/練習曲ト短調
41. Estudio inconcluso/未完のエチュード
42. Estudio No. 3/練習曲第3番
43. Estudio No. 6/練習曲第6番
44. Estudio para ambas manos/両手のための練習曲
45. Estudio Vals/ワルツ練習曲
46. Fabiniana/ファビニアーナ
47. Gavota al estilo antiguo/古いガボット
48. Grano de arena/砂粒
49. Habanera/ハバネラ
50. Humoresque/ユーモレスク
51. Isabel/イザベル
52. Jha Che Valle/おお、わが故郷(パラグアイ舞曲 第2番)
53. Jota/ホタ
60. Julia Florida/フリア・フロリダ
61. Junto a tu corazon/あなたの心の隣に(ワルツ第2番)
62. La bananita/バナニータ(タンゴ)
63. La Catedral 1 – Preludio/大聖堂 1:前奏曲(郷愁)
64. La Catedral 2 – Andante religioso/大聖堂 2:宗教的アンダンテ
65. La Catedral 3 – Allegro solemne/大聖堂 3: 荘重なアレグロ
66. La samaritana/コロンビア舞曲(サマリアの女)
67. Las Abejas/みつばち
68. Leyenda de Espana/スペインの物語
69. Leyenda Guarani/グアラニの物語
70. London Carape/ロンドンの想い出(パラグアイ舞曲第3番)
71. Luisito/ルイシト(メヌエット)
72. Luz Mala/妖しき光
73. Mabelita/マベリータの花
74. Madrecita/メヌエット ホ長調第1番
75. Madrigal Gavota/マドリガル・ガボット
76. MaXIXe/マヒーヘ
77. Mazurka apassionata/情熱のマズルカ
78. Medallon antiguo/古いメダル
79. Milonga/ミロンガ
80. Minueto en do/メヌエット ハ長調
81. Minueto en la No. 1/メヌエット イ長調 第1番
82. Minueto en la No. 2/メヌエット イ長調 第2番
83. Minueto en mi/メヌエット ホ長調
84. Minueto en Si Mayor/メヌエット ロ長調
85. Oracion por todos/すべての祈り
86. Oracion/祈り
87. Pais de Abanico/扇の国(日本へのノスタルジア)
88. Pepita/ペピータ
89. Pericon/ペリコン
90. Preludio en Do mayor/前奏曲ハ長調
91. Preludio en do menor/前奏曲ハ短調
92. Preludio en la menor/前奏曲イ短調
93. Preludio en mi menor/前奏曲ホ短調
94. Preludio en Mi mayor/前奏曲ホ長調
95. Preludio en re menor/前奏曲イ短調
96. Preludio Op. 5 No. 1/前奏曲 作品5 第1番
97. Rancho Quemado/ランチョ・ケマド
98. Romance de la India Muerta/ロマンス・デ・ラ・インディア・ムエルタ
99. Romanza en imitacion al Violoncello/チェロを模倣したロマンス(ロマンス第1番)
100. Sargento Cabral/カブラル軍曹
101. Sarita/サリタ (マズルカ)
102. Serenata Morisca/モーロ風セレナード
103. Tango No. 2/タンゴ第2番
104. Tarantella/タランテッラ
105. Tua Imagem/君の面影(ワルツ)
106. Un Sueno en la Floresta/森に夢みる
107. Una limosna por el amor de Dios/最後のトレモロ(神様の愛情にめんじて、どうかお恵みを)
108. Vals di Primavera/春のワルツ
109. Vals Op. 8 No. 3/ワルツ作品8 第3番
110. Vals Op. 8 No. 4/ワルツ作品8 第4番
111. Vals Tropical/熱帯風ワルツ
112. Variaciones sobre el Punto Guanacasteco/「プント・グアナカステコ」による変奏曲
113. Variaciones sobre un tema de Tarrega/タルレガの主題による変奏曲
114. Vidalita/ビダリータ
115. Vidalita con variaciones/ビダリータ変奏曲
116. Villancico de Navidad/クリスマスの歌
映画
映画『マンゴレ 愛と芸術の果てに』
https://youtu.be/h1LBjPZ6ToI
Mangoré (バリオスの伝記映画。監督・脚本はルイス・R・ベラ。2015年に公開。日本では『伝説のギタリスト「マンゴレ」愛と芸術の果てに』との邦題で2017年8月より上映会が開催された
最後に
アグスティン・バリオス マンゴレ:即興の魔術師
アグスティン・バリオス マンゴレは、クラシックギターの世界で独特な足跡を残した作曲家であり演奏家です。
彼の音楽は、ただの楽譜を超えたものであり、生きることそのものと深く結びついています。
即興演奏の重視
バリオスは、即興演奏を重視する天性の即興演奏家でした。
彼はひらめきで作曲し、そのひらめきで演奏しました。
自分の作曲した曲を常に改訂し続け、演奏するたびに新しい形に変えていったのです。
楽譜に固執することなく、音楽を自由に表現するスタイルは、彼の作品に独自の魅力を与えています。
芸術作品への無償の愛
バリオスは、自分が愛する人々に対して、作曲した楽譜や詩、素描画などの芸術作品を惜しみなく与えていました。
彼の欲のない性格が、彼の芸術に対する純粋な情熱を反映していると言えるでしょう。
音楽の本質
彼にとって音楽は、紙に書き残されたものではありませんでした。
音楽は神秘的な行為であり、生きていることそのもの、生きる方向付け、そして人間同士を関連付ける鍵だったのです。
この哲学は、彼の作品が常に進化し続ける理由ともなっています。
ロマンチストとしての人生
バリオスはロマンチストであり、自分の人生を真の芸術への奉仕の巡礼の道だと考えていました。
彼の価値観と見解は、「今生きていること」の意味を重んじ、「今の瞬間を生きる」ことに重きを置いていました。
バリオスは極度に情緒的で繊細な感覚の持ち主であり、禅の思想にも通じるような「常に今のみに生きる」という生き方を実践していました。
彼の音楽は、そのような生き方から生まれた、時代を超えて響くメッセージを、今も私たちに伝えています。